グラデーションの中で生きる(きっとあたたかな冬)

気づけば年末。ブログを書こう書こうと思いながら寝落ちの毎日。

今年は仕事を始めたこともあり、12月後半はなかなかに忙しかった・・・。

 

25日まではクリスマス準備、26日からは大掃除(もはや終わらないので諦めた)、そして29日で仕事を納めて30日からは大阪に帰省だ。目が回る。私も子供達も風邪の後に咳が治らず、帰省できるか半ば諦め気味だったのだが、最近母が虚血性腸炎になったので年末は実家のおせち作りと掃除のため帰ることにした。三重と大阪間はそんなに遠くないといえ、仕事や学校の都合で帰省できるタイミングって実はそう多くないのだ。父母は孫にはただただ甘いジジババなので、できるだけ帰れる時は帰ってふれあいを持って欲しい。そう考えてしまうほどに、父も母も歳をとってきた。

 

 子供と一緒にクリスマスツリーの準備をしたり、年末の掃除をしていると、冬には暖かい思い出がたくさんあるなあなどとふと思う。

実家には100センチくらいのクリスマスツリーがあって、飾り付けをしながらサンタが来るのを幼い頃はワクワクしながら待っていた。サンタのプレゼントにはいつも手紙が添えられていたことや、プリントゴッコで印刷された年賀状で和室が溢れたこと、家族でした凧揚げ、などなど。あ、正月はお年玉をもらえたり、それが終わると自分の誕生日がくることも大きい。誕生日には大好きなエビフライと市販のスポンジにキウイやみかんの缶詰でデコレーションされたケーキを母が作ってくれた。

前回書いたブログには家族についての苦しい思い出を書いたが、幼少期にはあたたかい思い出が多く存在していて、父母は私に愛情を注いでくれてもいたのだなあと思ったりするのだ。

 

 燃え殻さんのラジオ『BEFORE DAWN』で朗読されたエッセイで、人は誰かにまだらにしか優しくできないし、完全な悪や正義などではなくグラデーションの中で生きているものだ、とおっしゃっていてすごくハッとした。

優しくできる時もあれば、ひどく傷つけてしまう時もある。傍観して、ただなす術がないこともある。父親母親の前に、一人の人なのだ。そう考えるようにしても痛みが消えない時もあるが、そう思うよう心がけている。

 

なす術がなかったといえば、子供づれでスーパーに行った時のことだ。3歳ぐらいの男の子が母親に向かって大泣きして暴れていた。母親は通路の端から睨みつけながら「何してんの!早くきなさい!」と怒鳴るだけで、他の客もその親子を見て見ぬふりしていた。

息子たちは、オロオロとどうしたらいいのだろうかと考えたりしていたようだった。下の子はその子の後ろまで行き、「お母さん、この子泣いてる」と私に動揺しながら伝えてきた。

私はただ何もできずに、何かできるのだろうかと考えるだけで、何もしなかった。

「ほんとだね、泣いてるね。お母さん、迎えにきたらいいのにね。」と子供に伝えるだけが精一杯。あの時、私は完全にあの子の鳴き声を無視したのだ。まだらに冷たくしてしまった。

こういう場面に出くわした時、できることって何かあるだろうか。未だに答えが出ないでいる。

 

いい案、思い浮かんだら教えて欲しい(他力本願)

他力本願でもなんでもいいから、本当に少しずつまだらに優しくできることが増えたらいい、そんなことを考え続けている。

 

こんな調子で、今年最後です。良いお年をお迎えください。

皆様にとって、あたたかい冬になりますように。